ゴルフ販売員、外資系メーカー社員、インストラクター。そのどれもが「本業」になり得た道だったが、加藤氏は常にその先を見ていた。労働集約型の仕事に限界を感じ、経営者の「時間の自由」に憧れて飛び込んだ建設業。資格も実績もゼロからのスタートで、売上ゼロのまま税金だけが消えていく日々を乗り越え、大手流通チェーンの 6,000件のメンテナンスを1年でやりきった。
「諦めなければ絶対に道はある」。この言葉は創業以来、加藤氏が社員にも顧客にも体現し続けてきた哲学だ。株式会社リスビー(以下、リスビー)は現在、大手企業との信頼関係を武器に、内装設計・施工の「伴走型パートナー」として急成長を続けている。
年間数億円規模の案件を扱いながらも、加藤氏の視点は常にお客様の「商売が繁盛すること」に向いている。プロジェクト管理から提案力、ヒアリングの哲学まで、サービス業で鍛えた感性が建設業を塗り替えていく。
1章 ゴルフから繋がった「商売」の入口
1-1. 遊びの延長からトップ販売員へ
兄がプロゴルファーだったことから、大学時代に20歳でゴルフを始めた加藤氏。その楽しさに引き込まれるまま、卒業後はゴルフショップの販売員という道を選んだ。
「給料が良くて、自分が知っている業界で実績が出せそうなところでした。遊びの延長線上で就職した感覚で、そんなに深い意味はなかったんです」
しかし、いざ就職してみると、その「遊び感覚」は本物の実力に変わっていった。販売力は全国トップ5に入るほどとなり、年間2億円の売上を叩き出す。それが外資系ゴルフメーカーへの引き抜きという形で実を結ぶことになる。
「その外資系メーカーが好きでしたし、担当の人が『こいつよく売るし、良さそうやし』ということで声をかけてくれたんです」
プロゴルファーのツアー会場を全国行脚する部署への異動。それは加藤氏にとって、業界の「本流」に足を踏み入れる瞬間だった。
1-2. リーマンショックが奪ったポジション
夢のような転職から間もなく、世界を揺るがす出来事が起きた。2008年のリーマンショックだ。アメリカへの研修を終えて帰国した加藤氏を待っていたのは、自分の部署が消滅しているという現実だった。
「研修が終わってアメリカから帰ってきたら、自分の部署がクローズしていたんですよ。外資系企業だったので、判断も早くて」
残された選択肢は、同社の販売職として店舗に戻るか、別の道を探すかだった。しかし、同じキャリアを繰り返すことに加藤氏は躊躇した。その選択が、次への扉を開く。ゴルフ好きが高じて飛び込んだのが、インドアゴルフスクールのインストラクターという世界だった。
「ゴルフをしながらお金をもらえる仕事がしたいと思って、ゴルフのインドアスクールでインストラクターとして働き始めて、その後はそのまま独立して、27歳まで続けていましたね」
20代という若さで第一線に立つインストラクターは当時まだ珍しく、さらにテレビ取材が重なったことで注目度は一気に高まり、人気はうなぎ上りとなっていった。
1-3. 「時間の自由」への渇望
インストラクターとして充実した日々が続く中、加藤氏の胸には静かな違和感が芽生えていた。相当の報酬を得ながら、それでも「このままでいい」とは思えなかった。
「時給で言ったら数万円ですけど、朝5時から起きてラウンドレッスンに行って帰ってきて、練習場でずっとレッスンするというのを何年もやり続けて。労働集約型の極みのような仕事だったのですが、もっと成長したいという思いがあったんです」
時間と体力を注ぐからには、年齢が上がるにつれて積み上がっていくものが欲しい——そんな焦燥感を決定的にしたのが、レッスン生の中にいた経営者たちの存在だ。
「お客様に経営者が多くいたんです。その方々は、リスクを取って仕事で挑戦したからこそ、時間やお金の自由を持っていた。そんな姿を見て、『経営者ってかっこいいな』と率直に感じたんです」
販売員時代から、時間の制約を感じつつ仕事をすることへの違和感を感じていた。インストラクターとして様々な経営者と出会う中で、次第にその制約を取り除く意思を固めていった。
2章 考えるより「即行動」
2-1. 建設業という選択
建設業か不動産業か——起業時に業界を選んだ際の心境について、加藤氏はこう語る。
「『学歴にかかわらず大きな仕事ができて、ロジカル云々ではなく、人対人のコミュニケーションで周りを巻き込んでいく仕事だ』という話を聞いた時に、面白そうだなと思ったんです」
加藤氏の実家が元々、一級建築士事務所として建設業を営んでいたこともあり、建設業の道を拓いていくことを決心する。
「起業当初は何を仕事にしていこうか決めていなかったので、最初はただ税金が引かれる日々でした。冗談抜きで、税金で会社が潰れると思っていましたね(笑)」
「リスビー」という社名は造語だという。リーシング・サービス・ビジネスや、リアルエステート・サービス・ビジネス——Rから始まるものをサービスとして事業化していくという思いを込めて「RSB」、そこから語感を整えてリスビーと名付けた。
2-2. ドアノブ修理から6,000件へ
創業間もない頃、加藤氏に転機をもたらしたのは一人の不動産会社社長との出会いだった。業界を学ぶため鞄持ちをしながら、その人物が繋いでくれたのは、全国に店舗展開をする大手企業の担当者だった。そしてその依頼内容は、拍子抜けするほどシンプルだった。
「いきなり『6,000円でドアノブ直せますか?』と聞かれたので、『もちろん直せます、任せてください』と答えたんですよ。直したことはなかったのですが(笑)」
2時間後に現地に駆けつけ、ドアノブを修理してみせると、クライアントは感動してくれた。そんな小さなきっかけは、次なる大仕事への足がかりとなった。近畿エリアにある約600店舗で、約6,000件のメンテナンスが、何年も放置されたまま積み残されていたのだ。
「『お前をメンテナンス室長に命名する。逃がさへんで。』と任されて(笑)。1日に車で600kmぐらい走りながら、近畿の6,000件全てを1年でやりきりました。本当にとにかく必死でしたね」
その1年後、担当先の会社では従業員満足度が大きく向上した。自身の仕事が、大きな組織を動かした。それを肌で感じることができた瞬間だった。そして最終的に獲得できたのは、「指定工事店」という輝かしい成果だった。
3章 伴走型パートナーという形
3-1. 役割の定義を変えて実現した、経営改善
6年前、加藤氏は大きな組織の決断を下した。自社で抱えていた施工管理を手放し、プロジェクトマネジメントを軸とした体制へと一気に転換したのだ。
「事業の要である施工管理をすごく増やしていたんですよ。でも売上も伸びないし、人件費もかかるし、生産性が全然上がらなかった。それを6年前にやめたら、売上も利益も一気に上げることができたんです」
営業・設計・施工の全員がPMと定義してプロジェクト全体を把握して動き、自社社員でなくてもできる業務は全て外注に任せる。シンプルな転換だったが、効果は劇的だった。夜間工事を外注にすることで、日中にコミュニケーションと段取りに集中できる体制が生まれた。
「自分たちにしかできないこと——段取りや提案に注力して、自分たち以外でできるものを外注しようと決断しました。でも、やり方を変えるだけではダメで、自分たちのビジョンを言語化して、メンバーと共通認識をつくることが大事なんです」
この転換の背景には、加藤氏が言語化したクレドが関わっている。「FACT(解釈ではなく、事実をもとに報連相する)」「FORTE(強みは「提案力」と「対応力」)」「FIT(便利な世の中を創る)」「FANS(組織のファンを多くする)」——この上記4つの星に加え、働く「メンバー」自身が中心となって最後の星となり、ファイブスター「リスビー」となることを目指している。
3-2. 松竹梅を用意するのが、誠実さの証明
提案において加藤氏が絶対に守ることがある。それは「松竹梅」の3択を必ず出すことだ。
「1つの提案だけだったら金額の適正化ができないし、そもそもお客様の予算は無限大じゃない。松竹梅を出すことで、比較検討ができるからこそ、お客様の知識量が多くなかったとしてもコミュニケーションが取りやすいんです」
その根底にあるのは、顧客が「納得して意思決定できる状態」を作ることが営業の本質だという信念だ。「どれだけいい提案をしても、お客様が分からなかった・知らなかったでは意味がない」と加藤氏は語る。
「営業ってお客様が意思決定するためのものを用意しているだけだと思っているんです。納得して購入してもらうには信頼関係が根幹にある。サービス業でずっと意識してきた『相手の立場で考える』やり方を、建設業でもそのままやっています」
現在リスビーでは、建設業を「サービス業」に再定義するというビジョンを掲げている。この裏には、加藤氏のファーストキャリアで培ったサービス業での経験も大きく影響している。リスビーの役割は、完成物を納めることではなく、クライアントやその空間を使う人の感動や喜びを設計することなのだ。
3-3. 良い提案とは、相手の「知識量」に合わせること
提案において、どれだけ優れたアイデアやデザインであっても、相手の知識量に合わせて説明を変え、最終的に理解されなければ意味がない。加藤氏にとって、「良い提案」とは何かと問うと、ゴルフコーチ時代の話を持ち出した。
「昔、タイガー・ウッズみたいなスイングをしたいというお客様がいたんです。でも、実際にそのスイングに近づいても『全然飛ばないじゃないか』と怒られました。つまり、タイガー・ウッズのスイングが欲しかったわけじゃなくて、遠くに飛ばしたかったのが真のニーズだったんですよね」
顧客自身も、自分が本当に求めているものを言語化できているケースは多くない。だからこそ、理想だけでなく、避けたいことも含めてヒアリングすることで、顧客との「共通言語」が生まれ、コミュニケーションが円滑に進んでいく。
「たとえ聞きづらい雰囲気だとしても、目的や金額、価値観といった大事なことはストレートに聞くようにしています。ここを聞き出すために、色んな角度からのアプローチをしていますね。「良い提案」は、「良いヒアリング」から生まれるんです」
加藤氏が大切にしているのは、どこまでも顧客の立場に立って考える姿勢だ。自分たちが良いと思う提案ではなく、顧客にとって本当に価値のある提案とは何かを問い続ける。そのための対話を重ね、「共通言語」を築いていくことで、提案は単なるアウトプットではなく、顧客とともに価値を創り上げる行為へと変わっていく。
4章 転換点になったデザインコンペ
4-1. 「全ての人に可能性がある」を証明した日
創業から間もない時期に、加藤氏は設計施工の会社として3社コンペに挑んだ。その中に、当時ベンチマークしていた会社の名前もあった。設計事業部を立ち上げてまだ2年目の、実績が乏しい会社が挑むには、大きな挑戦だった。
「正直不安な気持ちもありましたが、絶対に負けたくないと思っていました。『コンペは会社の名前で選んでもらうんじゃなく、個人としての経験やスキルを発揮してお客様に選んでもらうものだ』という気持ちで臨んだ結果、競合に勝つことができました。」
勝因は、自身が社長故の意思決定のスピードと、他社では実現できなかった「素人目線」を取り入れた提案だった。通常は設けられないはずの間口に自動ドアを設置できると分かり、リスビー独自の提案に繋がった。
「物件調査の時に『ここを抜けたらカッコいいと思うねん』と設計士に言ったら、『社長、それ行けるかもしれへん』と。素人ながらの感性って大事なんですね。『全ての人に可能性がある』ということに気付くことができました」
実績がなければ恐怖心で満たされる。だが、その恐怖を乗り越え、実績をつくるためのアクションを取らなければ、実績をつくることはできない。ベンチマーク企業とのコンペは、リスビーが設計施工の会社として飛躍するための大きな実績に繋がった。
4-2. 8億円の訴訟から学んだ、経営のリアル
創業から間もない頃、加藤氏のもとに思いもよらない出来事が舞い込んだ。会社として8億円規模の訴訟を起こされたのだ。事業を立ち上げてまだ2年目。経営基盤も十分とは言えない時期に直面した、大きな試練だった。
「2年目でいきなり8億円ですからね。当時はそんな大金を払える企業体力はなかったので、かなり焦りました。そんな中、ゴルフレッスン時代のお客様に弁護士の方がいたのを思い出して、その方に相談することにしたんです」
その知人は、なんと弁護士会の副理事長を務めていた腕利きの弁護士だった。状況を精査した結果、案件は元請け法に抵触している可能性が高いことが判明した。そこから法的対応を進め、最終的には勝訴することができた。
「日頃からきちんと証拠や記録を残していたことが勝訴に繋がりました。会社経営って、良いこともありますが、その分リスクや責任も全部背負っています。でも、自分の範疇以上のどうしようもないことも起こるので、その時はもう開き直るしかないです。社長なんてやるもんじゃないですね(笑)」
そう話す加藤氏の様子からは、当時の出来事をどこか楽しんでいるような空気も伝わってきた。不透明な状況の中でも決断し、前に進み続ける。創業期に経験したこの出来事は、経営者としての覚悟を磨くきっかけとなった。
5章 建設業の新しいかたち
5-1. 建設業を「サービス業」へ
加藤氏が掲げているテーマの一つが、「建設業をサービス業にする」という考え方だ。建設や設計の仕事は、完成した空間の美しさだけが評価されるものではない。むしろ、顧客とのコミュニケーションの中でどれだけ価値を協創できるかが重要だと語る。
「かっこいいことを言うより、泥臭くやることを大切にしています。とにかくお客様とコミュニケーションを取って、1つでも多くお客様のニーズに応えていきたいんです。その為に、我々として提案できる武器をどんどん増やしていきたいんです」
建設業の魅力は、答えを一緒に作っていくことだと加藤氏は語る。そして、その答えの質は会社の名前で決まるものではなく、あくまでもお客様の窓口である担当者によって決まる。
「『金額が同じだったら、この人に任せたい』と思っていただける関係性づくりを何よりも大事にしています。これは僕が元々サービス業をしていたからこそ生まれた価値観であり、これからも大切にしていきたい考え方です」
今後、リスビーは不動産業や一級建築士事務所としての顔も持ちながら、更なる事業拡大を見据えている。その一方で、顧客に向き合う姿勢は、変わることのない不変の哲学として貫いていく。その思想が、やがて建設業界全体へと広がっていく未来にも期待が高まる。
5-2. AIと人が共創する、建設業の未来
建設業には多くの課題感が存在する。それらがAIにより解消されていくことで、顧客と向き合う時間が増え、価値の創出に向けた本質的な時間の使い方ができるようになる。そんな未来が日に日に近づいている。
「多くの時間をかけて、お客様の元に通ってヒアリングを重ね、提案書や見積書を作って、コンペで負けることはあります。だからこそ、AIでできる領域はAIに任せて、僕らにしかできない領域にもっと時間を割いていきたいんです」
AIの台頭により、画像やイラストの生成が手軽にできるようになり、顧客自身が手軽に空間を手掛ける未来もそう遠くないかもしれない。その一方で、どれだけ技術が進んでも、人にしかできない役割は残り続けるという。
「僕らがこれまで培ってきた知識だけは、AIに奪われることはないんです。だからこそ、顧客目線を持っていることが何よりも大事で、お客様の解像度を高めた上で、0→1の提案ができる会社や人が、勝っていく世の中になると思います」
顧客の想いを汲み取り、真のニーズを捉え、まだ形になっていない価値を提案していく。リスビーが大切にしているこのプロセスには、AI時代においても選ばれ続けるための本質が詰まっている。技術が進化するほど、人としての価値が問われていく時代。だからこそ、その本質を磨き続けるリスビーのこれからに目が離せない。
編集後記
加藤氏という人物を表すキーワードをひとつ選ぶなら、「諦めなさ」かもしれない。ゴルフショップの販売員から外資系メーカーへ、リーマンショックで部署ごと消え、インストラクターとして再起し、今度は建設業という全くの異業種に飛び込んだ。そのたびに「仕方ない」ではなく「じゃあ次は何をするか」という問いを自分に向け続けてきた。
今回の取材を通じて印象的だったのは、加藤氏の経営哲学がことごとく「サービス業の肌感覚」から来ているということだ。松竹梅で提案する、相手の知識量に合わせて話す、ヒアリングで共通言語を作る——これらはすべて、様々な角度で「ゴルフ」に関わってきた20代の経験が原型になっている。
株式会社リスビーは今、創業以来最大の変化のただ中にある。宅建業免許や一級建築士事務所の認定取得、そして建設業を「サービス業」へと変革していくビジョン。どれも、かつてドアノブ一本を修理することから始めた会社が積み上げてきた信頼の上に立っている。
建設業という泥臭い世界で、誰よりもサービス業的な感性を発揮し続ける加藤氏のこれからを、引き続き追いかけていきたい。
文・Focus i DESIGN 編集部



